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■1976年制作
・少林寺木人拳(1976年制作、1976年香港公開)
・成龍拳(1976~1977年制作、1977年香港公開)
■1977年制作
・蛇鶴八拳(1977年制作、1978年香港公開)
・飛龍神拳(1977年制作、1978年香港公開)
・天中拳(1977~1978年制作、1980年香港公開?)
・蛇拳(1977~1978年制作、1978年香港公開)
■1978年制作
・拳精(1978年制作、1978年香港公開)
・酔拳(1978年制作、1978年香港公開)
・龍拳(1978年制作、1979年香港公開)
・醒拳※一部(1978年制作、1983年香港公開?)
・笑拳(1978年制作、1979年香港公開)
初期ジャッキー作品(拳シリーズと言われるあたり)を公開順ではなく、制作順で並べた。
...とは言いつつ、「天中拳」は撮影が中断したり再開したり、「拳精」と「龍拳」と「酔拳」の撮影が微妙に同時進行だったり、調べてみると諸々あるらしい。並びは、大まかな目安と考えてほしい(情報は、wiki より KungFuTube を信用しています)。
これを見ても、無名の陳元龍から成龍に改名した「少林寺木人拳」から「笑拳(1979年の香港興行成績2位、1位007)」までの約3年間は、ジャッキーにとって非常に濃いい時期と言える(実際は、80年代後半の『奇跡(ミラクル)』まで、アクションの質は進化し続けていると思う)。
また、香港映画界の動きとして、1975年ごろに香港では「Mr.BOO!」が興行成績の上位に食い込み、ブルース・リーのシリアスカンフー映画の時代からコメディ映画の時代に移り変わっている。少し話が脱線すると、1982年には「悪漢探偵」がその年の香港の興行成績No.1になり、コメディ要素のある現代アクション映画が主流になっていく。
制作順に並べると、日本での人気が高い「少林寺木人拳」は、あの木人のインパクトは"大"だが、アクションとしては、試行錯誤の時代。逆に、「笑拳」を拳モノの完成形と考えると、直前にちょこっとだけ撮影した"いわくつき"「醒拳」の一部アクションシーンは、ファンなら見る価値があると思う。
■1979年日本公開
・酔拳(1979年日本公開)
・蛇拳(1979年日本公開)
■1980年日本公開
・笑拳(1980年日本公開)
・拳精(1980年日本公開)
■1981年日本公開
・少林寺木人拳(1981年日本公開)
■1982年日本公開
・龍拳(1982年日本公開)
■1983年日本公開
・蛇鶴八拳(1983年日本公開)
・天中拳(1983年日本公開)
■1984年日本公開
・成龍拳(1984年日本公開)
■1986年日本公開
・醒拳(1986年日本公開)
ちなみに、ファンなら知っているであろう常識ではあるが、日本公開順となるとまた順番が異なる。1979年「トラック野郎」の同時上映として「酔拳」が公開され、ジャッキーが日本初登場となる。それがスマッシュヒット(スマッシュヒットって便利な言葉だな...)となり、続いて「蛇拳」「笑拳」とモンキーシリーズが続く。内容的な微妙な「成龍拳(1976~1977年制作)」の公開は、「プロジェクトA」が公開された1984年のジャッキー人気が爆発していた頃に便乗して公開されている。個人的には、公開が遅いものほど、問題作か駄作だと思っている。
アメトーークのジャッキー芸人でしょこたんが言うように、従来のアクション映画は主人公vs多人数であっても本当は1人1人順番に戦っているだけ!なんだけど、ジャッキーは実際に多人数と同時に戦いアクション映画に革命を起こす。『ポリスストーリー』の頃から→『サンダーアーム』と続き→『プロジェクトA2』『九龍の眼』などのジャッキー監督作で進化する。けど、多人数の敵が同時に攻撃してくるから、勿論、ジャッキーは攻撃を受ける。なので、プロA2と九龍のジャッキーは弱そうに見えて、子供だった俺は、あまり好きじゃなかった(vsアパアパも何か不完全燃焼だし...)。今見ると、その頃のアクションの質がMAXに高いことが解るけど。
有名な話だと『サイクロンZ』の船上のアクションはジャッキー担当で、ラストバトルはサモハンが担当と言われている。
どっしり構え、1つ1つの動きをしっかり見せる基本に忠実なサモハンに比べ、ジャッキーの動きは、多少雑に見えてもリアリティを重視する。